私が半年ほど入院した、同じ病室に、安全に寝たきり(注1)になっていたKさんという人がいました。彼の毎日の楽しみは、看護婦さんに「息子(注2)から電話があったでしょうか」と尋ね、「あったわよ」と言う看護婦さんの返事を聞くことでした。当初、私は、①オヤジ(注3)の病状を毎日のように電話で尋ねてくるいい息子さんだなぁーと感心しながら、Kさんと看護婦さんのやりとりを、ベッドの上で眺めていました。
ところが、②それがうそであることが、しばらくして分かりました。息子さんからの電話はなく、看護婦さん達が、かかってきたかのように演じていたのです。それはKさんを励まし、希望をもたせるために、③看護婦さん達がついた精いっぱいのやさしいうそでした。そして、悲しいうそでした。というのは、Kさんが入院した当初は、本当にその息子さんから毎日のように病院に電話があったそうです。トラックの運転手をしていた彼は、仕事で全国を走り回っていたため、直接、病院に見舞いに来られなかったのです。入院して以来、Kさんは何度か危険な状態になったことがあったそうです。④そのたびに、看護婦さんが、「息子さんから電話がかかっているのよ」と声をかけると、不思議ともち直したというのです。
そんなある日、病院に悲しい電話が入りました。交通事故で、Kさんの息子さんが亡くなったという知らせでした。もちろんKさんの病状を心配して、⑤そのことはしらせないことにしたそうです。そしてその日から、看護婦さん達の⑥幻の電話を知っていたかのように、ただ「ありがとう、ありがとう」を繰り返すばかりでした。Kさんの遺体が病室を出て、廊下をエレベーターに向かう途中、ナース・ステーションの前を通り過ぎたところで、突然「リーンリーン」という電話のベルが鳴り、一瞬、みんな、そこに⑦立ち止ってしましました。そして鳴り響くそのベルの音を聞きながら、看護婦さん達がボロボロ涙を流していた光景を、10年近くたった今でも鮮明に思い出します。 (笹本新平「看護婦さん、電話ありましたか?」「第7回・NTTふれあいトーク大賞100選」NTT出版による)
(注1)寝たきり: 病気などのために、起きて活動できなくなった状態
(注2)息子:息子(むすこ)
(注3)オヤジ:父親
(注4)容体:病気の状態
(注5)遺体:死体
(注6)ナース・ステーション:看護婦の部屋
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問(1) ①「オヤジ」とはだれか。
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1.Kさん 2.Kさんの父親 3.筆者 4.筆者の父親 |
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問(2) ②「それがうそであることが、しばらくして分かりました」とあるが、何がうそなのか。
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1.Kさんの息子が病院に電話をかけたこと 2.Kさんが息子からの電話を楽しみにしていたこと 3.筆者と同じ病室にKさんがいたこと 4.筆者がKさんの息子をいい息子だと思ったこと |
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問(3) ③「看護婦さん達がついた精いっぱいのやさしいうそ」とあるが、看護婦達がうそをついたのはなぜだと考えられるか。
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1.うそをつくことが楽しかったから 2.筆者がうそをつくように頼んだから 3.Kさんの息子に病院に来てもらいたいから 4.Kさん少しでも元気になってほしいから |
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問(4) ④「そのたびに」とあるが、この場合、次のどの表現に最も近いか。
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1.Kさんの息子から電話があった ときはいつも 2.Kさんの病状がよくなりかけた ときはいつも 3.Kさんの病状が非常に悪くなった ときはいつも 4.Kさんの息子が見舞いに来られなかった ときはいつも |
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問(5) ⑤「そのこと」は、何を指すか。
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1.Kさんの病気が悪いこと 2.Kさんの息子が死んだこと 3.Kさんにうそをついていたこと 4.Kさんの病状を心配していること |
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問(6) ⑥「幻の電話」とは、どんな電話か。
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1.本当はかけることができない電話 2.本当はかかってきていない電話 3.本当はかけてはいけない電話 4.本当はかけたくない電話 |
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問(7) ⑥「幻の電話」が始まったのは、いつからか。
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1.Kさんが入院した時から 2.Kさんが亡くなった時から 3.Kさんの息子が亡くなった時から 4.Kさんのむぅこが忙しくなった時から |
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問(8) ⑦「立ち止ってしまいました」とあるが、なぜだと考えられるか。
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1.「ありがとう」とお礼を言われたから 2.エレベーターがまだ来ていなかったから 3.電話機がないのみ電話のベルが鳴ったから 4.Kさんの息子からの電話のように思えたから |
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